侵略でもない進出でもない、対露防衛である。(愛国論その6)

---日本の歴史教科書は間違いだらけ---

捏造された日本史」という本を読んだ。黄文雄という台湾生まれの人が書いた本で、20世紀の歴史を戦後日本のいわゆる「進歩的文化人」と違って冷静に見ている。要するに世界史の流れを沈着に見ているのである。これは奇しくも私と同一見解である。
15世紀のポルトガル、スペインの大航海時代からの500年の歴史は、ヨーロッパの白人による世界「制覇」の歴史であった。最初はポルトガルとスペインによる地球の東西分割、その後オランダ、イギリス、そしてフランス等が順次出てきた。出遅れたロシアとアメリカは、19世紀になってから東洋に唯一残された日本を狙って来た。プチャーチンやペリーの来航その他である。(ペリー来航については、アメリカが太平洋鯨漁のための給水地を求めたのだという説もあるが)

ロシアはその前に北海道近くや長崎に来たりしているが、幕末の日本もいろいろな対策をしていたので彼らの植民地にされないで済んだ。明治維新は最近世界的に見直され、フランス革命よりもロシア革命よりも、戦争による犠牲者が少なかったという意味で評価が上がっているそうだ。

そんな明治維新の後もロシアの野望はおさまらず、満洲から朝鮮を狙ってきた。朝鮮をロシアに占領されたら、日本もロシアに飲み込まれるのは明らかであった。そこで侵略国ロシアを防いだのが、日清戦争であり日露戦争なのである。このことを考えようともせず、やれ日本の侵略だ、そうでない進出だったとか議論しているのは、的外れもいいところである。そんな教科書の内容を外国から指摘されておたおたしている日本の国は、本当にどうかしている。他国の教科書の内容に嘴を入れるなんて内政干渉もいいところである。どこの国でも国史は自分の国に都合の良いように書いているではないか。


日露戦争終了時、国民は勝った勝ったと大喜びしたそうだが、実態はそんなものではなく、負けなかっただけ、といったところだそうだ。その辺はヨーロッパ人のBalance of Powerの感覚というのか、ロシアに日本まで占領させてはいけないということで、イギリスは日英同盟で味方をしてくれたし、アメリカはポーツマス条約で講和の仲人をしてくれた。

その後、第1次世界大戦を経て日本が国力を貯えたので、米英がこれ以上日本を発展させてはいけないと考えた。満洲事変が終わった頃、当時支那というのは清国が倒れた後の戦国時代で地方の軍閥が跋扈しお互いに民族同士の戦争をし合っていたのであるが、満洲国は日本軍の統治下であって支那に比べれば治安が良く、従って支那から長城を越えて満洲に逃げてきた人が数百万人に上るそうである。満洲は日本人の横暴が若干あったにしても、支那に比べれば天国のようなところだったのである。

だから、満洲国建設までは、ロシアの侵略を止めるという意味もあり良かったのだ。その後日本はアメリカの謀略で、支那事変以降の泥沼に入ってしまった。アメリカは蒋介石その他の軍閥(毛沢東も最初は軍閥に毛が生えたみたいなものだったと言ったら怒られそうだが。これにはソ連も支援したのだろう。)に支援を与え、日本の関東軍に対し挑発を繰り返させ、関東軍はそれに見事に引っかかってしまったというのが真相である。


アメリカ合衆国という国はすごい国で、世界制覇のシナリオを日露戦争終了の頃から極秘に描いていたのである。日本攻撃のシナリオは「オレンジプラン」と言った。日本ばかりでなく、レッドプランだったかなんだか忘れたが、イギリスを攻撃する計画もあったようだ。オレンジプランは何回も書き直され、真珠湾攻撃以後はほぼオレンジプラン通り進んだようである。オレンジプランばかりでなく、アメリカの戦略は先ず先方から戦争を仕掛けさせるというものだ。だから、日本が攻撃を仕掛けてくるとすれば、ハワイの真珠湾以外にない、というのもオレンジプランに載っている。ただ、日本があんなに旨くやるとは考えていなかったようではあるが。

このように、大東亜戦争まではアメリカの予定通りであったのだが、その後の民族自覚による独立国の増加は必ずしもアメリカの戦略ではなかったのではないだろうか。このようになったのは、日本の東南アジア占領統治が大いに貢献したことは、大体合意されているようである。日本人はもっと自分の国の歴史、及びそれを作った先人を誇りとし、世界に向かって卑屈にならないようにしたいものだ。

だらだらと、まとまりがなくなってしまったようだが、この辺で。 (2001.2.11(建国記念の日)記)