●ナイスラリー・エッセイ●

論語の教え「礼重視のテニス」

我々のテニスは楽しむためにあるので、勝負にこだわらず礼儀を大切にするのが良いと思います。最近読んだ論語の解説書から抜粋します。

「君子は競争しなかったが、弓技だけは例外であった。」と孔子は言っているが、「その弓技も、的に当たる矢の数を競ったのではない。的に当たる数を争うとなると、生まれつきの力は人によって差があるからである。」

それでは競技のルールはどんなものかと言うと、「競う二人の選手が一礼し、庭に譲り合って降りる。弓を射た後、再び譲り合って堂に上がり、的に当たる数が少なかった人が多く当てた人に酒を注いで飲ませる。その後で的に当てるのが少なかった人が注いでもらって飲む。まさに君子らしく争ったのだ。」

この一連の動作で、技だけではなく、精神集中力の高さやマナーの良さといった君子らしさが採点され、勝負が決められるのである。たとえ百発百中の成績を得ても、君子らしく振る舞えなければ失敗である。逆に的を外しても、振舞いが立派であれば成功である。だから選手は練習でも、百発百中を狙ったのではなく、君子らしく振舞おうと努力した。

我がクラブの大会でも、豪華な賞品など準備しないで、優勝者に礼をつくしてクラブハウスに入ってもらい、ビールを一番先に飲んでもらうようにしたら如何であろうか。


中央林間テニスクラブ会報 "Nice Rally" 1990年夏号(1990.7.25)