無為の政治

秦の穆公(ぼくこう)は春秋時代の五覇(5人の覇王)の一人である。穆公はよく国を治めたので国は栄えていた。秦の隣の新興国戎(じゅう)の王が、由余(ゆうよ)と言う人を使者として秦に送りその繁栄の秘密を聞かしめた。穆公は宮殿の立派さや倉庫に満ちた財宝を見せた。由余は少しも驚いた様子はなく、

「もしこれが鬼神をしてなさせられたのでありますなら、さぞや鬼神はくたびれたことでござろうし、もし民になさせられたのでありますなら、民はずいぶん苦しんだことでありましょうな。」と言った。穆公は感心して問うた。

「我が中国は、詩、書、礼、楽、法度があって、これらをもって政治をなしているのじゃが、それでも時には世が乱れることがある。しかるに、戎夷には一切このようなものはないじゃろうのに、どうして政治をしているのかな。拠るべきものがないのじゃから、ずいぶんやりにくかろうな。」由余は笑った。

「お言葉ではありますが、そのようなものがある故中国は乱れるのであります。礼楽や法度は、古代の聖人黄帝が作ったものでございますが、黄帝は率先して身に行いましたので効果もあり、少しは治まったのでありますが、後世になりましては、上にあるものは自らは日に乱れ傲(おご)って法度を楯にとって下々を責めてばかりいますし、下々は下々で少し苦しければ上は仁義を施してくれそうなものだと期待して怨み墳ります。つまり上と下とは敵対の関係となって、最も露骨な我欲のむき出し合いであります故、王家から諸侯の家まで争いがやむことがないのでございます。これはすべて、礼、楽、法度を頼みにして、これを抑えつけようとしているからでございます。」

「これに反しましてわが戎夷は、君位にある者は清くすなおな徳をもって下に対し、下の者は真心をもって君に仕えていますので、一国はこの一身のごとく、どうしてその日その日が健やかに過ぎて行くのか分からないように、どうして国が平和に治まっているのか分からないのであります。これこそいわゆる聖人の無為の政治というものでございましょうな。」


無為の政治とは中国を最初に治めた黄帝の世のことである。漢の高祖が秦(戦国を統一した秦。上記の話の数百年後)を滅ぼした時、秦の法治主義に対し法を三章に簡略化したことは無為の政治に通じるのであろうか。
我が国は今国を挙げて政府に景気対策を要求しているが、専門家である経済学者達が何だかんだと云っていてもこれぞという対策が分からないのであるから、まして自民党の政治家などに分かる訳はない。政府に期待しても駄目なのである。

この際無為がよいのではなかろうか。そしてすべての税金を半額にする。公務員の給料も勿論半額だ。そして諸葛孔明、あるいはルーズベルト(1929年の大恐慌から脱出して、アメリカの繁栄の基礎を作った大統領)が出てくるのを静かに待つのである。


上記の話は海音寺潮五郎の「中国英傑伝」の引用であるが、海音寺も「由余のこの議論はなかなか面白い。礼楽・法度を法律や人権尊重などにおきかえてみると、そっくり現代の日本にあてはまる議論になる。」と云っている。
アメリカの故ケネディ大統領がその就任演説で
Ask not what America can do for you, but ask what you can do for your country.
と云っていたが、上の話はどこか通じるところがあるような気がするな。 (1998.7.21記)