EAGL事業を終えるに当たって


EAGL会長
京都大学名誉教授 立命館大学
大野 豊

ソフトウェアを中心とした産学交流の研究組織であるEAGL(Engineering Adventure Group Linkage Program)事業推進機構は、平成9年度をもって、その使命は一応終わったとして、約7年間の活動を終結し、解散することとなった。

現在では、国をあげて産学交流が推進されているが、本機構(以下EAGLと略す)は、そのような流れがはじまる前に先取りして、先駆的な試みを純民間事業として行ってきた。

EAGLは、賛助会員企業からの賛助会費を資金として、産学交流・連携によって、大学の研究の支援・強化を行い、さらに、技術移転や実用化への仕組みも考慮しながら、ソフトウェア技術の発展を図ってきた。EAGLの7年間の事業を数量的に総括すると、賛助会員企業数は、毎年多少の増減があり、10社〜14社、賛助会員企業からの賛助会費の総計は5億5,350万円であり、主として研究資金、間接経費等に充てられた。研究参加を希望して登録した協力研究者数は当初より漸増して、90名に達した。これらの協力研究者からは総計227件の研究応募があり、内157件に対して、総額3億3,880万円の研究助成が行われた。また、研究に関わる産学交流諸事業に1億1,680万円を充てた。 ※注
上記とは別途行われたプロジェクト研究では、研究者と企業の直接的な交渉で遂行され、13件のプロジェクトに延べ32企業から総額6,960万円の研究費が醵出された。

EAGLの産学による研究活動をはじめとする諸活動は、わが国のバブル経済後の低迷期に、ソフトウェア分野の研究に多くの成果をあげるとともに、産学交流・提携のあり方に多くの参考とすべきこと、あるいは課題を明らかにした。

このEAGLを終結するに当り、その設立の理念、経緯、活動とその成果、および将来への示唆などを、総括報告書としてまとめ、実質的で真摯な試みとしてのEAGLの経験を今後の参考に供することとした。

この総括報告書を刊行するにあたり、EAGLの事業を7年間の長きに亙って支援していただいた賛助会員企業の方々に心から感謝申し上げるとともに、EAGLの立案や研究の遂行など本事業に盡力された大学等の多くの研究者の方々にお礼申し上げたい。特に、EAGLの設立のため、産業界や大学と大変なねばりを発揮して討論を重ね、調整を行い、設立後は事務局長、専務理事として苦労された荒居 徹氏に深く謝意を表する。

EAGLの当初、事務局としてお世話頂いた(財)京都高度技術研究所、後半、学内に事務局の設置をお許し頂いた立命館大学および協力頂いた(財)慶応工学会に厚く感謝申し上げる。EAGLの事務局には何人もの方々が関わったが、これらの方々を含めて、終結に到る最後まで面倒な事務を滞り無く果たして頂いた山本 正武氏、大井 智美さんに心からお礼申し上げる。

EAGLが企画されたのは、平成当初であるが、当時は情報技術の変革が進行中で、すでにダウンサイジングやネットワーク化が進みつつあり、これに加えて、多彩なメディアの複合利用やヒューマンインターフェースの高度化など、ソフトウェアを中心に多くの技術開発が必要とされていた。一方、日米のソフトウェア技術の格差も懸念される中で、当時のバブル経済にとりのこされて、大学の施設・研究環境のおくれが目立ち、大学の強化も含めて、産学の連携・協調による新しい研究開発の展開の必要性も一部で議論されはじめた。

EAGLのもともとの発想は、京都地域での(財)京都高度技術研究所の設立を契機として、上記のような情況に対応すべく、筆者を含め、相磯秀夫先生はじめ一部大学の先生方によって始められたものである。EAGLの意図するところは、ソフトウェアの分野の産業界の研究開発ニーズと大学等の研究機関の研究シーズを巧く適合させることによって、従来とかく問題とされた産学の研究のギャップをなくし、わが国の研究をより実効あるものとすることであった。単に論文発表ができればよしとするのでなく、その成果のいくつかは、企業や社会で利用されるソフトウェアに発展するものでなければならない。いわばベンチャー事業の育成も視野には入っているということである。
さらに、EAGLの発展の成り行きによって、法人化する方針も打ち出したわけである。
産学交流の仕事は、建前とは別に実体が伴わず、形式的産学交流に終わりがちである。EAGLは従来、わが国に存在しなかった、実質的で実効ある産学交流の形態を追求した。例えば、研究選択での評価だけでなく、中間段階、および最終報告段階で、産学の委員による忌憚のない評点とコメントを研究者に伝える、といった試みも実施した。このようなEAGLの在り方は、設立当時以上に今後ますます必要となる産学交流のメカニズムの先駆的な試みと言うことができよう。

EAGLは産学による準備的ないくつかの会合により、2年近い労苦を重ねた検討の結果として生まれたが、その際、企業側の意向で、地域を超えた全国的組織とすることも決められた。その趣旨に賛同された賛助会員企業の負担も従来の枠を超えた重いものとなった。一方、この事業の研究を実施する大学の研究者もEAGLの意図を踏まえた研究に取り組むことが必須のこととされた。

EAGL設立後は、途中の急激な経済変動の影響で、大きな発展もせず、法人化も果たせなかったが、賛助会員のご理解と関係者の努力によって、おおむね順調に推移し、十分とは言えないが、評価すべき成果や効果が得られたと考えている。

平成7年から8年にかけて、政府の科学技術の研究開発への施策が具体化するにつれて、しっかりした研究を進めている研究者へは、かなりの公的研究資金が投入されるようになった。このような中でもなお、EAGLのような組織の果たすべき産学交流の役割は消えていないが、研究助成の役割は見直す必要が生じた。平成8年度にEAGLの機関を通じた検討で、EAGLの主要な使命は一応終わったとして、残念ではあるが、平成9年度で終結することとし、しばらくの休止期間をおいて、改めて産学連携の企画を構想することとなった。

EAGLの法人化は経済環境の変動で不発に終わったため、任意団体としてのEAGLに税務上の問題が生じた。幸い税務当局の好判断で、多額の税を納めないですんだが、今後、この種の組織にいつもつきまとう問題で、EAGLの終結を早めた要因ともなったので、EAGLのこの経験は大いに参考にして頂きたいことの一つである。EAGL発足後の経済の低迷によって、わが国の研究開発も著しく停滞した。この間に米国では、NII計画などの政策が強力に推進され、ネットワークやソフトウェアに関して、日米の格差はますます拡大した。EAGLは、これに対しては、短期的には必ずしも有効に働かなかったと言わなければならない。産学の真摯な取り組みではあったが、ソフトウェア問題の複雑さにより、また、社会的環境条件もあって、EAGL程度の規模では、十分に対処はできなかったこともある。

現在のソフトウェアは人間の特性や社会のあり方に深く関わり、単に技術のみでは論じられなくなった。例えば、非常によいソフトウェアであっても、環境条件、市場動向、国際的制約などにより、社会で広く使われるとは限らない。独創的な発想であっても、利用者との関わりや社会の中での意義を十分に問わなければならない。したがって、ソフトウェア格差の解消には、米国流に産学の交流・連携でベンチャーに結び付けるためのメカニズムも大変重要であるが、これを生かして実効あるものとするため、やはり、社会や技術の行方に対する深い洞察があった上で、研究発想には、もっと目的意識を持った、あるいは積極的な戦略性(産業上あるいは学術上)が、必要であろう。

各企業では当然のことであるが、研究開発において経営上、常に戦略性を考えていると思われるが、企業のおかれている諸条件から、やはり限界がありがちである。したがって、大学の自由な立場からの独創性ある戦略性を打ち出すことは、産学交流・連携には最も求められていることである。米国の有力大学の成功もこの点にある。

EAGLの活動を進めることによって、このような研究意識を自然に誘引することを期待したが、必ずしも十分でなく、平成7年、8年で敢えて戦略研究の実施を打ち出した。しかしながら、今から言えば、遅きに失したと言わざるをえず、さらに、準備期間が短く、大学側で充分な対応が出来なかったので、残念ながら意図した成果は見られないうちに、EAGLの終結となった。これについては、EAGLの後に続く、新しい組織に期待したい。

EAGLでは、産学の本音の忌憚のない議論と連携の場が生まれたことは、大きな収穫の一つであるが、これによる効果として、大学の多くの研究者が、研究に当たって、従来より格段と、社会や産業界との関連を考えるようになった、と言う意識改革がなされたことは見逃せない。

EAGLでは産・学とも多くの経験をし、成果とともに多くの課題と教訓を得た。現在では国を挙げて、産学交流・連携が推進されるようになったので、各方面で産学の事業を検討するに当たってEAGLの経験を参考にして頂きたいと考えている。

※注 産学交流諸事業については、規約第5条参照。 この外事務局直接経費(人件費、部屋代)は、9,790万円