「追分三五郎」中の次郎長と大政の会話

石松の仇を取りに行く11人を選定する場面です。

次: 大政。筆とれ。
政: 筆とりましたが、第1番に誰書きましょう。
次: 逆縁ながら子分の仇討ち。第1番に次郎長と書け。
政: へい。第1番に次郎長と。書きましたえ、次郎長。
次: 何を言いやがんだい。
政: どうもすいません、はずみがついちゃって。あっしは何かあったら一遍この.......「次郎長」と呼んでみたいと思っていました。こういう時でねえと言えねえでしょう。すいませんねえ。と、........2番誰にしましょう
次: 「立つか這うかの時分より仲がいい兄弟分の石松が、達者な時分よくそう言ってました。『俺は広い世の中に命を懸けて働きぶりを見せるのは、清水の親分より他にはない。あの親分には恩があるんだ義理があるんだ。』と口癖のように言っていた石松も、そのご恩返しが出来ないうちに人手にかかって死にました。さてあいつも死にきれめえ。今日からあっしが石の代わり、あなたの子分になって働くから石同様に使ってやって下さい。その代わり親分、可哀そうだ石松の 仇だけは討って下さいよ。」と泣いて頼んだ小松の七五郎。今は俺の子分となり、一所懸命働きながら石松の仇討ちは今日か、明日か、と鶴じゃねえが首を伸ばして待っている。ほれ見ろ、今日は石松の仇討ちだと聞いて、向こうの隅で泣いて喜んでいる。さて友達に情のある男。2番なあ、小松の七五郎と書いてくれ。
政: へい、2番が七五郎ですか。七五郎は一番後から子分になったんですがね。
次: そうだよ。
政: お前さん、「清水港にゃ鬼より怖い。」って歌知ってますか。
次: 知ってるよ。「大政・小政の声がする。」てんだろう。
政: 2番誰にしましょう。
次: 七五郎だよ。
政: お前さん、清水の一子分は誰だっていうこと知ってんでしょうね。
次: 知ってるよ。
政: 2番誰にしましょう。
次: 七五郎だよ。
政: そうすると、誰が何て言っても2番七五郎書くんですか。
次: そうだよ。
政: 面白くねえや。どうもこの「七」って字は書きにくくてしょうがない。さあ、七五郎書いた。書いたからどうした。
次: 何を言いやがるんだい。書きゃあ、それでいいやい。
政: 3番は誰にしましょう。
次: 3番か。3番はおめえだ。
政: おめえか。「おめえ」と。こりゃ名前はねえんですか。おめえっていうのは。
次: しょうがねえな。おめえだよ。大政だよ。
政: あ、俺かい。安心した。
次: 馬鹿野郎。小政に大瀬半五郎、法印大五郎、増川仙右衛門、尾張の大野の鶴吉、尾張の桶屋の吉五郎、鳥羽熊にお相撲綱、追分三五郎。これで11人か。
政: へい。
次: 今の11人直ぐに支度にかかれ。残った人は留守番だ。問屋場の大熊。残った中ではおめえが年頭。都鳥一家を切ると次郎長は長い草鞋を履かなきゃならねえ。留守中は万事おめえにまかすから、間違げえのないようによろしく頼む。
半: おっと親分、おひかえなすっておくんねえ。
次: 何だ、半五郎。
半: あんなものを切ってあなたが草鞋を履いてどうする。兄弟分の仇はあっしが一人で討ちましたと、恐れながらと願って出れば、お上にはちゃんとお情けがある。あんな者を切って仕置きになってたまるかい。2、3年牢内で苦しめば、立派な体になって帰ってくるんだ。因果はこの大瀬半五郎にまかしておくんねえ。
次: 半公。いいこと一つしたことはねえが、俺みたいな者でもやっぱり親分だと思えばこそ、因果をしょってくれてすまねえ。それじゃ万事おめえに任そう。みんな、支度は出来たか。
一同: 親分、出来ました。
次: 出来たら行こう。